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2年後

あれから2年が経ちましたね。

 

テレビ番組は特集などが組まれ

「あの日」の事を再び知り、
数週間テレビを見ては知らずに泣いてしまう日が続いています。

 

 

3月8日現在
東日本大震災の死者は1万5881人
行方不明者2668人
避難生活による体調悪化や自殺などを原因とした「震災関連死」2303人

合わせると、犠牲者は2万人

避難者は約31万5千人

 

 

あの日から後悔している人達が居る。
あの日から悲しみに苦しんでいる人達が居る。
あの日から何も変わっていない場所がある。
あの日から始まった力がある。
あの日から生まれた繋がりがある。
あの日から続いている事がある。

あの日知らなかった事

1年目にも知らなかった事

2年目だから知る事

まだまだ知らない事が沢山ある。

同じ国に住む33万5千という数字のひとつひとつに

あの日から始まったそれぞれの想いがある。

私には計り知れない想いがある。

 

 

こちらの記事https://www.calyn.site/?p=1636で書いた牡蠣はまだ届きません。

「まだ届かない」という事が三陸の現状を無言で知らせてくれます。

牡蠣プロジェクトから届いたメールマガジンの編集後記

震災バブルと言われているが、景気がいいのはほんの一握りの業種にすぎず
今日電話で話をした岩手の生産者さんは、それでも明るい口調で
「あと丸2年は、まともな収入ないかんね」と。

津波で流された船が、田んぼで見つかったそうだ。
「周りはみんな新しい船なんだけっとさ。。」
壊れておんぼろになった船を修理して使うことに決めたそうだ。
「自分が一番使いやすいように作った船だから愛着あんのさ」

海の見えない仙台のビルにいると
つい、あの日のことを忘れがちになるけれど。

まだ震災は続いている。
(文責:齋藤志寿子)

 

 

「つい、あの日のことを忘れがちになるけれど 震災はまだ続いている」

・・・本当にそうだな

と思いました。

 

 


2011年4月石巻撮影

コメント

  1. aopissu より:

    おはよ~さんでーす
    あれからほんと早くも二年だよね~
    なんか嘘みたいなほんとの話だΣ( ̄。 ̄ノ)ノって感じです
    土曜日にはじめて実家のあたりが映像で流れててすぐに録画しちゃったよ~
    二年目でやっとみれた映像だよ
    あの津波の高さじゃ確かに実家はなくなるね笑
    まだまだ見てない映像がたくさんあるんだなって実感しました
    でもこっちも着実に復興してます
    みなさんが覚えていてくれているかぎり、頑張れそうなきがしますよ~

    話はかわりますが次の記事の財布…まじでやられましたよ~素敵すぎだ*¥(^o^)/*

  2. ゆず より:

    おはようございます、先日は革のお手入れを教えくださりありがとうございました。
    (^^)

    今回の記事、うん、うんと頷きながら拝見しました。
    つい先日テレビでも言われていた
    復興 と 復旧は違うということ。そうだよなあと思いました。
    また三陸のおいしい海産物を食べたいです。

    そして、私は祖母が住んでいることもあり福島のことも気がかりです。
    祖母はいわき市なので被災せずに済みましたが、福島=原発というイメージがついてしまい、また誤った知識のせいで福島産のものは買わないという人もいます。
    地震から助かっても、もうやってゆけないと自ら命を絶ってしまった農家や酪農家の方もいました。

    うつくしま、ふくしま。なので宮城同様、福島の復興も願っています。
    大河ドラマの影響でもいいから足を運ぶ人が増えるといいなあと。

    東北のものを買うことも支援と考えます
    o(*⌒―⌒*)o

    長々とごめんなさい。

  3. おさる より:

    あれから二年。
    息子を里帰りで福島で産んで退院後翌日の震災。。

    福島の良さ、育ってきた故郷である福島を知っているのに、私は関東に住むことを決めた…。

    国や東電や嘘か本当かわからない情報の中、子供を育てる自信がありませんでした。

    正直、地元の友達は私のことをどう思っているかわかりません…

    あれからずっとモヤモヤしています。
    助け合いたいけど、不安がつきまといます…。

    早く全ての人が前向きに、幸せになりますように…。

  4. cawori より:

    >aopissuさん

    うんうん、きっと地元の人達も知らなかった事が
    今になってああやって放送されていたりするんだよね

    語り継ぐ事も大切だなと思う。

    写真に写ってる病院の脱出までの5日間のドキュメントもやって居て、
    あそこの院長さんは今は神戸にいるんだけど
    病院が再建したら石巻に戻ってくるっていってた。

    一人一人があの時にどんなに頑張って乗り越えたのかと知ると、ほんとうに胸が苦しくなるよ

    aopissuさんのお母様やお父様はお元気かな。。。

  5. cawori より:

    >ゆずさん

    お祖母様がいわき市なんですね。
    緑の多い自然豊かな県なのに
    あの一瞬で何もかも、代々積み上げて来たものが崩されてしまい故郷を追われてしまう方達のお気持ちは本当にお辛いだろうと思います。

    「福島」と聞いて顔をあからさまにしかめる人も中には居るとおもいますが
    原発問題はもう日本中の問題です。
    何処にだって起こり得る問題です。

    他人事と思って嫌悪し痛みを感じない人は
    問題意識の低い人なのではないかなぁと思います。

    お祖母様がお辛い思いをしないよう願います。

    私も一度福島に行きたいなと思っています。

  6. cawori より:

    >おさるさん

    うん、モヤモヤするお気持ち
    少しは分かる気がします。

    ドキュメントでも酪農家の若い夫婦が広島に移り
    その中で後ろめたい気持ちを抱え福島の事を毎日考えて忘れた日はないと、自分の選択に自問自答し、それでも遠く離れた広島で「福島」の「福」の字を入れたチーズを開発し歩き出す…そんな番組を観ました。

    きっと理解してくれてますよ。
    おさるさん達の決断もそのモヤモヤもきっと地元の人達は理解してくれているんじゃないでしょうか。

    それに外からだから見える景色がある。

    外に居るから出来る事がある。

    福島に居て、今は違う土地にいるおさるさんだから出来る事がきっとあるし、それをする時が自然と来るのではないでしょうか。

    忘れないで「想い」をいつも傍に置いておく事が
    一番大切なんじゃないかなぁと思いますw

    それがあってこそ「助け合える」のだと思うのです。

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